東京地方裁判所 昭和62年(特わ)2799号 判決
本籍
東京都杉並区高円寺北一丁目六五七番地
住居
同都同区高円寺北一丁目九番二号
会社役員
大河原幸作
明治四一年八月一三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金二八〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都杉並区高円寺北一丁目九番二号の自宅に事務所を置き、不動産賃貸業を営むかたわら営利を目的として継続的に千葉県船橋市地先公有水面埋立地の売買取引を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、賃貸収入の一部及び右埋立地の売買取引による収入を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、
第一 昭和五六年分の実際総所得金額が一七四〇万九八七四円で、分離課税となる土地の譲渡による雑所得金額が五二二六万六一六四円あった(別紙1修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五七年三月一五日、東京都杉並区成田東四丁目一五番八号所在の所轄杉並税務署において、同税務署長に対し、同五六年分の総所得金額が九二七万三四一〇円でこれに対する所得税額が二三九万五七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六二年押第一五二号の1、5、6、)を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四一九二万六五〇〇円と右申告税額との差額三九五三万〇八〇〇円(別紙4(1)脱税岳計算書及び別紙4(2)(3)参照)を免れ
第二 昭和五七年分の実際総所得金額が一七一三万八六三七円で分離課税となる土地の譲渡による雑所得金額が五七〇九万二九一六円あった(別紙2修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五八年三月一四日、前記杉並税務署において、同税務署長に対し、同五七年分の総所得金額が九〇三万八五五五円でこれに対する所得税額が二五一万六五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2、3、7)を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四五五三万〇九〇〇円と右申告税額との差額四三〇一万四四〇〇円(別紙5(1)脱税額計算書及び別紙5(2)(3)参照)を免れ
第三 昭和五八年分の実際総所得金額が二七九五万四一二一円で分離課税となる土地の譲渡により雑所得金額が一八一七万九七三〇円あった(別紙3修正損益計算書及び別紙6(1)脱税額計算書参照)のにかかわらず、同五九年三月一五日、前記杉並税務署において、同税務署長に対し、同五八年分の総所得金額が六二四万四四九九円でこれに対する所得税額が一二〇万三八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の4、8、9)を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二四五六万〇三〇〇円と右申告税額との差額二三三五万六五〇〇円(別紙6(1)脱税額計算書及び別紙6(2)(3)参照)を免れ、
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一、被告人の
(イ)当公判廷における供述
(ロ)検察官に対する供述調書四通
一、被告人ほか一名作成の申述書五通
一、小林時宗、大河原正紀、太和田健蔵及び安西敏雄の検察官に対する各供述調書
一、収税官吏作成の次の調査書(とくに別紙修正損益計算書の各勘定科目毎の当期増減金額の内容につき)
(イ)地代収入調査書
(ロ)家賃収入調査書
(ハ)権利金(礼金)等調査書
(ニ)更新料収入調査書
(ホ)駐車場収入調査書
(ヘ)利子調査書
(ト)配当収入調査書
(チ)給与収入調査書
(リ)老令者年金特別控除調査書
(ヌ)給与所得控除額調査書
(ル)地権売上調査書
(ヲ)地権期首棚卸高調査書
(ワ)地権仕入調査書
(カ)地権期末棚卸高調査書
(ヨ)地権費用調査書
(タ)地権取引調査書(付表)
(レ)大河原貞子預り金調査書
(ソ)源泉徴収税の明細書
一、押収してある昭和五六年分の所得税の確定申告書(資産所得合算)第一表(昭和六二年押第一五二号の5)、同第二表(同押号の1)同第三表(同押号の6)、昭和五七年分の所得税の確定申告書(資産所得合算)第一表(同押号の2)、同第二表(同押号の7)、同第三表(同押号の3)、昭和五八年分の所得税の確定申告書(資産所得合算)第一表(同押号の8)、同第二表(同押号の4)、同第三表(同押号の9)
一、検察事務官作成の報告書(申告不動産所得に伴なう経費につき)
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、情状により同条二項を適用したうえ懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において処断すべく、後記理由により被告人を懲役一年及び罰金二八〇〇万円に処し、同法一八条により被告人において右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、同法二五条一項により被告人に対しこの裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の事情)
本件は、高円寺周辺に広大な土地を所有し、土地及び家屋の賃貸業を営み、関連会社からの役員報酬等を含む収入を得ていた被告人において、右事業のかたわら営利を目的として千葉県船橋市地先の公有水面埋立地にからむ売買取引を行い、その収入及び不動産賃貸収入の一部を除外することにより所得を秘匿し、よって三年間に亘り合計一億〇五九〇万円余りの所得税を脱税したという事案である。
そのほ脱金額はかなり多額であるうえ、税ほ脱率も通算で九四パーセントを超える高率である。
本件犯行の大部分を占める土地の譲渡にからむ取引をみると、千葉県が、船橋地先の公有水面を埋立てるについて、漁業権者への補償の一環として、漁民に対し、埋立後の土地所有権を六年年賦で支払うことにより取得できるとしたもので、もともと漁業権消滅後の漁民の生活を確保するため、低廉な土地を供給するという公共目的のもとに出発した制度であり、したがって漁民が取得する土地も一〇年間は転売が禁止されているにもかかわらず、被告人は、漁民の無知と無資力につけ込んで将来埋立地の分譲を受ける権利(地権)を買い漁り、漁民に代って分譲代金を払い込むことにより漁民の取得した土地所有権を他に転売して利益を挙げていたもので、右取引自体合法的なものとはいい難く、右のような取引によって得た収入を隠匿し、課税を免れるという行為は強く非難されて然るべきである。
しかしながら、反面、右の取引は、その性格上転売の対象とすべきでない土地を対象としているが故に、確定的に転売利益を挙げるまでの間に種々の障害があり、リスクも大きかったものと認められる。
現に、右地権の売買がマスコミに報道された昭和四八年ころには、被告人の取得した地権のうち一六口は千葉県に返還せざるを得なかったことがあり、その事後処理の過程において多額の損害を蒙ったことが認められるのであり、そうした経緯から本件取引そのものが公表をはばかられる事情にあり、被告人としても転売利益を挙げる都度その所得を申告することにためらいを感じていたものと認められる。
ところで、被告人は、本件について国税局の査察を受けた後は、犯行を概ね素直に認めており、脱税の結果についても修正申告のうえ、本税・附帯税のすべてを完納し、改悛の情を示している。また、被告人は、現在、七九歳の高令であり、今後は所有不動産の管理を含めて息子達に任せ、事業から身を退き、再犯なきを誓っている。そして、被告人には前科・前歴は全くない。
以上のような本件の動機、態様、結果、被告人の身上、家族関係等を総合すると、被告人に対しては懲役刑の執行を猶予するのが相当であると認められる。
(求刑 懲役一年及び罰金三〇〇〇万円)
よって、主文のとおり判決する。
検察官石田一宏、弁護人山本政敏(主任)、二島豊太各出席
(裁判官 小泉祐康)
別紙(1)
修正損益計算書
大河原幸作
自 昭和56年1月1日
至 昭和56年12月31日
〈省略〉
別紙(2)
修正損益計算書
大河原幸作
自 昭和57年1月1日
至 昭和57年12月31日
〈省略〉
別紙(3)
修正損益計算書
大河原幸作
自 昭和58年1月1日
至 昭和58年12月31日
〈省略〉
別紙 4(1)
脱税額計算書 (56年分)
大河原幸作
〈省略〉
別紙 4(2)
資産所得合算のあん分税額計算書 (56年分)
大河原幸作
〈省略〉
(注)
配当控除額の計算
(配当所得) (配当控除額)
334,356×5%=16,717
別紙 4(3)
分離課税の土地等の雑所得の税額計算書 (56年分)
大河原幸作
〈省略〉
別紙 5(1)
脱税額計算書 (57年分)
大河原幸作
〈省略〉
別紙 5(2)
資産所得合算のあん分税額計算書 (57年分)
大河原幸作
〈省略〉
(注)
配当控除額の計算
(配当所得) (配当控除額)
292,972×5%=14,648
別紙 5(3)
分離課税の土地等の雑所得の税額計算書 (57年分)
大河原幸作
〈省略〉
別紙 6(1)
脱税額計算書 (58年分)
大河原幸作
〈省略〉
別紙 6(2)
資産所得合算のあん分税額計算書 (58年分)
大河原幸作
〈省略〉
(注)
配当控除額の計算
(配当所得) (配当控除額)
298,906×5%=14,945
別紙 6(3)
大河原幸作
分離課税の土地等の雑所得の税額計算書(58年分)
〈省略〉